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月と鯨
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| 人間の持つ知性と感受性は、他の生き物のそれとは一線を画している。人間の霊気は他のどんな生き物よりも多様で力強く、そして美しかった。欠点を持つが故の輝きであることは間違いないのだが、それが、月天王を惹き付けてやまない。月天王はその美しい霊気を愛していた。彼等の美しい霊気がいつまでもこの世界に在ることが、月天王の望みなのだ。だが。 「人間ってのは、す〜ぐ道を踏み外すからなぁ…」 月天王は長い指でイライラと髪をかき回した。天頂の窓も閉じてしまう。黒衣の鯨は、凪いだ海の様な静かな眼差しを月天王に向けた。 「心配しておいでなのですか？」 人間は過去に、一度ならず罰を受けている。それは月天王が下したものではないが、特に助けることもしなかった。罰は人間の犯した罪により下されたもので、当然の酬いであったからだ。月天王はただ、罰によって乱れた霊気を、いつものように安定させただけ。それとて、簡単な作業ではなかったが。 「心配などするものか。あれはゴキブリ並の生命力だ。何度叩かれても生き残る。そうして私の仕事を増やすのだ。この間はほんっとーに神様やめようと思ったんだぞ」 前世紀の生き残りといわれる人々が、総じて夢見がちで楽天家なのは偶然ではなく、必然であった。そうでないと生き残れない時代があったのだ。彼等の前向きな夢と楽天的な想いが未来を切り開くカギとなった。その時の月天王の苦労が相当なものであったことは想像に難くない。 何度も『神様なんかやめてやる〜！』と叫んでブチ切れていた姿を思い出す。けれど、月天王が仕事を投げ出すことは一度もなかった。 「わたしもあの時は腹が裂けるかと思いました」 黒衣の鯨はにっこり笑って同意する。 「そうだろうとも。私はお前が大喰いなのをあの時ほど恨んだことはなかったぞ」 「それは初耳です。御迷惑でしたか？」 「…お前って、意地悪だな」 「心外です。わたしは月王様のために…」 「だ〜っ！ もういい！ その台詞は聞き飽きた」 月天王は椅子ごとくるりと背を向けてしまった。黒衣の鯨は、からかい過ぎたことをちょっとだけ反省し、すっかり拗ねてしまった背中に、丁寧に詫びた。 「申し訳ありません。わたしの言葉が過ぎました」 返事はない。部屋から弾き出されないところをみると、本気で怒ってはいないようだが、疲れているのは本当だろう。退出しようと黒衣の鯨が下がりかけた時、 |