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月光通信
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| 『月天王と夜空のクジラ伝説。 月天王は、あらゆる物から発せられる霊気で世界を創った創世の神であり、霊気を浄化・制御することで世界の安定を図ると云われている。霊気は特に夜、月光と深く影響し合っており、それを統べることから月天王の名が付いた。 人の発する言霊や念、中でも負の感情は、世界の霊気を乱すと云われている。月天王は、月光に溶けた人々の想いをその呪力で浄化し、純粋な月光として再び世界に降り注ぐことで霊気を安定させるが、 負の感情は月光に溶けにくいため浄化できない。そこで、言霊を好んで食べ、それを月光と波長の合う声に変えると云われている伝説のクジラを天に召し、人の放つ想いを月光に溶かすよう命じた。以来、月光に溶けにくい負の感情も、この夜空のクジラの声となることで、浄化されるようになったと云う。 とまぁ、こんなところか』 「それって、おとぎ話じゃないの？」 みるくの言葉に、ハルは笑った。 『そうかもしれないね。でも、結果的に、僕の負の感情は浄化されてしまったから、僕はあれが夜空のクジラの声だって思ったんだよ』 みるくは驚いて、聞き返す。 「え？ どういうこと？ クジラの声を聴いたら負の感情が消えてしまうの？」 『そういうわけじゃないんだ。みるくは憶えてないかな。僕に電話をくれたこと』 「電話？」 急に自分にふられても、話しの展開が見えない。 『あの時、何が起こったのか理解できなくて呆然と突っ立ってたら、ポケットの中の電話が急に鳴り出した。反射的にでてしまったけど、電話の向こうが騒がしくてびっくりしたよ。パーティーの最中みたいで、夜中なのにすごく盛り上がってた。何なんだって戸惑っていたら、みるくの声がしたんだ』 「あ…」 みるくは、過去に思い当たり、同時に現在にも思い当たって小さく声をあげた。 『憶えてる？ みるくは、何の前置きもなくこう云ったんだ。 ハル！ 誕生日おめでとう！ って。時計を見たら、ちょうど 時をまわったところだった』 「そう…だ…。あの日は、母さんの誕生日で、コタローの誕生日で、ハルの誕生日でもあって…」 『そう、それまでは毎年、君のお母さんと犬のコタローと僕を囲んで大騒ぎしてたよね。僕が寮に入ってパーティーに出られなくなったから電話したって云ってくれた。会えないから、一番最初におめでとうを云いたかったんだって』 あの日、みんなでカウントダウンしてハルに電話をかけた。とにかく一番に祝福するんだと、みんな真剣に時計を見ていた。 『みんながかわるがわるおめでとうと云ってくれて。電話は短かったけど、気持ちは嘘のように和らいだよ。あの時の僕は誕生日を忘れるほど、自分を見失ってた。僕は、優しさに飢えていたんだ。ただもう単純に、優しさに触れたかった。そのことに気付かずに、というより、その気持ちを押し殺してがむしゃらに前に進もうとしていたから、自分を失くしてしまったんだ。みるくからの電話は、僕を正気に戻してくれた』 みるく達は、もちろんハルの状況などは知らなかった。誕生日を祝うことで頭がいっぱいだったからこそ、普段なら躊躇するような真夜中の電話もかけられたのだ。ただ一番に祝福する、それだけのためにかけた電話。それがハルの心を救ったという。 『僕は、そういう出来事を偶然だと思いたくなかった。浄化された想いは、その本質だけが月光とともに誰かの心に届くんだって、僕も教わっていたから。僕が月光に放った想いも、純粋に優しさを求める気持ちだけがみるく達に伝わったんだと、考えたんだ』 月光が想いを運ぶと教えてくれたのは、ハルの父親だった。彼は、彼の母から聞いたという。ハルの祖母にあたるその人も、世紀末世代、つまり前世紀の生き残りであった。 |