「あ～面白かった�｡ またやろう」
日輪王は大きく伸びをすると、ぐるぐる腕を回した。
「飲み過ぎです、陽呼さま…。次回の日食分まで飲まれたでしょう」
伝票を見ていたブランカが、横目で睨むのもまるで気にしない。
「カタイこと云うな。何だ酒くらい。次は月天王持ちにすりゃいいって！」
可愛い顔してオヤジなことを云う日輪王に、当の月天王が苦言を呈す。
「勝手なことを。次はほうじ茶かウーロン茶にしてやる」
「せめてロイヤルミルクティーとか云って下さい、月王様…」
(そんなだから、ジジくさいって云われちゃうんですよ)
月天王を迎えに来ていた鯨のツッコミは、後半部分を飲み込んだせいで精彩を欠いていた。
「何だまだいたのか、月天王。そして、今頃来たのか、夜空のクジラ」
迎え撃つ日輪王はヤル気満々。
不毛な言い争いを展開しそうな神様たちに見切りを付けたブランカは、鉾先を鯨に向けた。
「丁度良かった、夜空のクジラ。今日の会費の件でお話しが…」
「わたしの分は払いませんよ。いなかったんだから。それに欠席のおわびに壺酒を差し入れたでしょう」
眉を寄せて不快感もあらわな鯨に、ブランカはうふっ�｡と天使の笑みを返す。
「あ、あれはもう呑んじゃいました。美味しかったですよ。またお願いしますね�｡ でも、月天王が割ってしまわれた水晶のグラスは別会計ですから…」
「割ったぁ?! 月王様っ！ あっ、いない?!」
「おや、陽呼さまにも逃げられてしまいましたね…」
鯨とブランカ。それぞれ立場は違えど、ろくでなし神様に仕える苦労は変わらないのだった…。
日食の終わり。
天球上の月と太陽は、自らの軌道を何事もなかったように進んでゆく。
「…。云ってやればよかったのだ」
月天王のつぶやきは、淡い雲のように暮れ行く空へ融けてしまった。
「何の事だ？」
「瑠璃王の言葉を教えてやれば、人間はもっと上手く生きてゆけるだろうに」
「ふん。茶会は我々の鬱憤ばらしだぞ。人間を気持ちよくさせてやる義理はない」
「私達が人間を特別視していることに、彼らはもう気付いているのに？」
「例え気付いていても、はっきり示してもらうまで信じないだろう。あれはそういう生き物だからな」
長く豊かな緋色の髪を風に吹かれるまま踊らせて、日輪王は肩をすくめる。
「はっきり教えてやってつけあがらせても、逆に奴等の為になるまい？」
あんなに人間に関わりたがるくせに、肝心なことは云わないなんて。
「…。だからお前は嫌われるんだ」
「構わんね。例え死神と呼ばれようとも、私は私だ」
「私だってそう呼ばれることが恐いわけじゃない」
もとより「神」が何かを恐れるはずもない。しかし…
「…。死なない命は、命ではないぞ」
「分かっている。ただ、少しでも永く…と思ってしまうのだ」
「そうか？ 私なら少しでも強く、だがな」
ろくでなし神様たちが、「痛み」や「切なさ」を感じないなどと誰に云えるだろう…。
天空に光り輝く神々が金色の瞳で見つめるのは、漆黒の闇に浮かぶ蒼い宝石。
『初めは見ているだけ。それで充分楽しかった。
でも、彼らは私たちが創ったこの世界を美しいと云う。
愛していると云う。
壊したり汚したりしているその同じ手で、守ろうとさえしている。
その小さな手では、とうてい包みきれないとわかっているのに…。
こんなことは今までなかった。
もっと近くで見ていたい、触れていたい。
私は、彼らと生きよう思う。
だって…』
「だって、愛しちゃったから」
神様たちの複雑な愛が、報われる日は来るのでしょうか…
終わり
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