「瑠璃王の子供、かぁ…」
「大きな意味では、だぞ。そこんとこ把握してるか？」
　日輪王の忠告も聞こえない様子で、
「…じゃ、日輪王にも子供いるんだ？」
　さらっと爆弾発言なんかしてしまう。
　カチャーン…！
「…っっ！」
　声もなくグラスを取り落とす日輪王に代わって、
「こっ…！　子持ちの日輪王〜 」
　盛大に吹き出したのは月天王の方だった。
「笑うな！　私に子供がいるならお前にいたっておかしくないんだぞ！」
　怒鳴る日輪王の言葉に今度はキララが反応する。
「え？　二人って、夫婦？」
　カッチャーン…
　炸裂するキララの禁断の誤解に、神様二人は揃って凍り付く。
　たっぷり 秒は金縛ってから、先に動けたのは月天王の方だった。
　発作でも起こしたかのように笑い出し、今にもソファーから落ちそうになっている。
　白銀の髪を振り乱し、足をばたつかせ大口開けて笑い転げるその姿に、さっきまでの神々しさは微塵もない。
「おっ、面白すぎる…！　確かに、日輪王の選択にハズレはないな。は、腹痛ぇ〜っ！」
　月天王の狂態に目を奪われて、キララは日輪王が消えたのに気付かなかった。
「答えはどちらも否だ」
　突然背後から物凄い威圧感を伴う声がして、キララは反射的に跳びずさる。
　触れる程近くに日輪王の顔があった。
　わざと表情を消したその端正な顔は、怒っている時より迫力が数倍増しだ。じっと見つめられて、キララは蛇に睨まれたカエルよろしく声も出ない。
「キララは形の良い耳をしているな」
　云うと同時に日輪王は、動けないでいるキララの耳を両手で摘まみ上げた。
「〜っ！」
　痛くはない。痛くはないが、左右に引っ張られて逃れることも出来ず、キララはドアップの日輪王に耐えなければならなかった。
「この大きな耳でよぉく聞け。我々はそんな所帯地味た神ではない。瑠璃王とて同様だ。神を信じる信じないは勝手だが、人間と同じ次元で仕事をしていると思ってはいかん。わかったか？　コラ、わかったな?!」
　云うだけ云って、日輪王は涙目で頷くキララをようやく解放する。
　日輪王が触れていた両耳に、ほわんと温かい感覚が残った。
　自分の耳に手を当てながら、日輪王の指は熱くなかったのにとキララは不思議に思う。
「人間は生き物の生き死にをよく神のせいにするが…」
　云いながら空中にのばした月天王の手に、新たなグラスが現れた。
「実際、私たちが命の誕生や死に直接関与することはほとんどない。『God's Child』は例外中の例外だが、それでも生き物が子孫を残すのとは根本的に違うものだ」
　オフホワイトのふかふかしたローソファーにゆったりくつろぐ姿は、腹がよじれる程笑い転げていた時とはまるで別神(？)だ。グラスを揺らして、発泡する透明な液体が煌めくのを静かに眺めている。
　二人と微妙な距離を取って、キララはぎこちなく座り直した。
「神様が生死を決めてるんだと思ってた」
「今この瞬間に、どれだけの命が生まれて死んでるか知ってるか？　その一つ一つにいちいち企画書作るなんて、どれだけめんどくさいことか！」
　ちゃぶ台に乗せた新しいグラスが満ちるのを待ちながら、日輪王は苛立たし気に云った。
「そんなぁ」
「命は生まれるべくして生まれるし、時がくれば必ず失われるものだ。ああは云ってるが、日輪王はどの命がいつ生まれ、どう生き、どう失われたか、全部ちゃんと知っている。何も指図などしなくても、命は自ら生きる。私たちは何も決めない。ただ、受け入れるだけだ。何が起こっても」
　どんな(例えば誰かを傷つけてしまうような)自分でも、受け入れてくれる器があると知っていれば、人は生きてゆける。全てを受け入れようとする大きな器の存在を、信じられない人もいるけれど。
　困惑顔のキララに、日輪王はちっちっちと人さし指を振って見せた。
「やらないからって、できないわけじゃないぞ。虫も殺さぬ顔をして、月天王は人を殺すのだから」
「えっ？」
　思わず月天王を見つめてしまう。
「こら！　私の評判を落とそうって魂胆が見え見えだぞ、日輪王！」
「嘘じゃないも〜ん」
　悪びれもせず舌を出す日輪王を少し睨んでから、月天王は空になったグラスをちゃぶ台に置いて、小さくため息をついた。
「別に憎くて殺す訳ではない。死神役を兼任していることは否定できないが、それは日輪王とて同じことだ。私の仕事ばかりがはかどれば、人々は覇気をなくし病気や自殺者が増えるだろう。逆に日輪王ばかりが活躍すれば、人々の欲望は暴走して諍いや争いが増えてしまう」
「そーゆーこと。神の仕事もバランスが大切だ。我々は、まぁ上手くやっている方だな。私の努力の賜物だが」
　日輪王の発言に、月天王はムキになって云い返す。
「よく云う！　私がどれだけお前の起こした騒動を鎮めてるか知ってるのか？」
「知ら〜ん」
　ケタケタと笑う姿は、どう見てもヨッパライのそれだ。
　二人の飲み物がお茶なんかじゃないことくらい、キララにも分かってはいたけれど…。
　神様って、酔うもんなの？