遠くで話し声がする。

「何だ、今回は随分ミーハーな客人だな」
　不機嫌そうな男の声に
「そうか？　これでも特別目立つようなキャラは外したつもりだが」
　答える声は若い女性のもの。
「この髪、この服。流行ってりゃナンでもいいって感じありありで、しかもまだ子供ではないか」
「こんなの普通だろう。相変わらず人間に直接会うのが苦手なんだな。ホントは好きなくせに」
　揶揄するような女の声に男はむっとしたようだ。
「人をムッツリスケベみたいに云うな。そっちこそ平気で人間の生活に踏み込む無神経のくせに」
「まぁ、見てろ。私の選択にハズレはない。こやつで良かったって、今にわかる」
「ふん。つまんなかったら私は帰るぞ」
「ご自由に。おい、ブランカ！」
　声の気配が遠ざかってゆく。

　ぱち。
　閉じていた目を開いたキララは、そこにオレンジ色のエアクッションではなく、霧がかかったような白い空を発見して茫然とする。
　確か、廃虚の学校の屋上から大の字になって飛び降りた筈なのに、来るべき衝撃は訪れず、何故か仰向けに寝転がっている。
　何？　これ？
「お目醒めですか。お客人」
　すぐ傍で声がして、驚いたキララは弾かれたように身体を起こした。
　キララの横にいたのはエンではなく、やたら白っぽい姿をした「人」。
　人？　でも、何か…
　中性的な整った顔立ちに柔和な微笑をたたえ、プラチナブロンドの長い髪を後ろにゆるく編んでいる。薄茶の瞳に落ち着いた物腰。初対面でもまず警戒心など湧いてこない、ある種理想的な姿だ。
　けれど、だからこそ、とても人間には見えない。姿かたちは人間でもこれは「人」ではないと、キララの頭の中で注意信号が点滅した。
「ななな何？　ここ何処？　あんた誰？」
　混乱そのままの質問とは対照的に、
「驚かれるのも無理はありません。まずは、この状況が何なのか説明しましょう」
　応える声は冷静そのもの。
「一言で表現するならば、これは『夢』です」
「は？」
　そんなあっさり夢ですってアンタ…
　確かに見えるものも触れるものもつかみ所がなくて、何一つ現実味がない。地面も空も霧がかかったように白くて、暗くはないのに見えていないのと変わらないのだ。夢だと云われればそれが一番的確だろう。
　しかし、自分が眠ってはいないことをキララは不思議なほど確信していた。
「ここは天界で、あなたは神々が集う日食お茶会に招待された客人なのです。案内役の私はブランカ。日輪王に仕える天使と思って下さってかまいません。羽根や輪っかは邪魔なのでついてませんが。ね？　夢っぽいでしょ？」
　ねっ？…って。それ、怪しすぎるゾ…
　自分でも少々強引な説明だと自覚しているのだろう。いかにも信じてない様子のキララに、ブランカは少し間を置いてからそっと耳打ちした。
「どのみちこれから起こることを、現実として受け止めるのは難しいのです。夢だと思っている方があなたのためですよ」
　どうやらこの夢、強制的に見せられる上に自分の意志で目醒めることも許されないようだ。
　『God's Child』の端くれとして、神々が集うお茶会やら日輪王やらにもミーハー心がくすぐられる。夢だというなら、まさか死んじゃうこともないだろう。どっちみち逃げられないみたいだし。
「…で？　どうすればいいわけ？」
　結局、怖れよりミーハー心が優って開き直ったキララの言葉に、ブランカは天使の笑顔で答えた。
「難しいことは何もありません。ひととき日輪王と月天王のお茶飲み話しに付き合って下さればよろしいのです」
「茶飲み話し…？　何のために？」
「それは私にもわかりません」
「？？」
「答えは、あなたの中に…」
　ブランカの言葉が終わらないうちに、その姿が霧に呑まれた。
「え？　あの…」
「遅いッ！」
　鋭い声にぎょっとして辺りを見回すけれど、一面真っ白で何も見えない。
「遅いぞ、ブランカ。いつまでかかってる」
「申し訳ありません。今、説明が終わりましたので」
　ぶあっ、と。大きな力で霧が押し退けられて、視界が戻ってくる。
　気がつくとキララは、丸いちゃぶ台の前に正座していた。
「あれ？」
　目の前には湯呑みが一つ。
「え？　お茶…って、えぇ？」
　紅茶でも抹茶でもなく何故、緑茶？　そして何故、ちゃぶ台？
「ようこそ。客人」
　戸惑うキララは、凛とした声に顔を上げた。