God's Child
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「信じるのは自由だよ。それが力になることもある。だけど、閉じこもって外を見なくなるのはだめだ。あの話しがどこまで本当かなんてどうでもいいけど、子供を閉じ込めるような世界なら穴を開けてやろうと思って」
 それが凄腕ハッカー(自称)の云い分らしい。
「ふうん。でも、逆にあの話しが本当だとすればさ、その『God's Child』にも子供がいた可能性大だよな。何しろ親譲りの人間好きなんだから。したら、オレたちって『God's Child』の子孫かもよ? 生まれ変わりよりDNAで繋がってる方がスゴくないか?」
 そっち方面から考えたことがなかったエンは、思わず身体を起こし、驚きの表情でリツロウを見つめた。
「そう…だね。そうかも。リッちゃんって面白いこと考えるなぁ」
 人は誰でも『God's Child』のDNAを、その身体に持っている可能性があるわけだ。
「何だ、やっぱり答えは僕らの中にあるんだ。それなら、まだ何かできる。きっと何とかなる」
 エンが何のことを云っているのかはさっぱりわからないのだけれど、
「そうだな。まだやれることはあるさ。ややこしいことは色々あるけど、ま、何とかなるでしょ」
 リツロウは笑って、昔の合い言葉をくり返す。
『大丈夫、何とかなるって』
 言葉には力がある。それを叶えようとする力が。だから彼らは、あえて希望を口にする。彼らが放つ言霊が、天空を翔て神々に届くように。
 二人は痛快な気分で、今は完全に月と重なっている太陽を仰いだ。この国で皆既日食が見られるのは、数十年に一度あるかないかなのだという。
 リツロウは、太陽神・日輪王にとんでもない目にあわされた10年前の出来事を思い出していた。
 あれ以来、困った時でも神頼みなんてするもんかと思っていたのに、キララが飛び降りた瞬間口をついて出たのは「Oh My God」。シャレにもならない。
 当時はなんて非道い神様だと思ったけれど、あの出来事があったから気付いたこと、見えてきたことも確かにある。激しさの影に、深い愛情が隠れているということか。かなりひねくれた愛情のような気もするが。
 瞳を焼く激しい焔が影をひそめた皆既日食の太陽は、普段は隠れているコロナのやわらかい輝きだけを空に放っている。
 瑠璃王といい日輪王といい、神様たちは何故、必ずしも敬虔とは云えない人間達に何かと構うのだろう。リツロウは、ぼんやりそんなことを考えていた。
 リツロウやエンの世代はのちに『前世紀の生き残り』とか『世紀末世代』と呼ばれるようになる。
 戦争や災害ではない内面的な理由で多くの人が命を落とすような時代、彼らの夢と楽天的な想いが未来を切り開くカギとなるのだ。
 だが、それは今の二人の知るところではない。未来は、未だ混沌の中にある。
 二人がこの廃虚の学校で出逢えたのも、キララとの出逢いも、謀られた出来事ではないし全くの偶然でもない。こんな日常の奇蹟が、世界の未来を創るのだろう。
 隣からエンの鼻歌が聞こえてくる。キララが着メロにしていたと云う曲だ。世紀末に現れた女性シンガーのヒット曲をリツロウがカヴァーした。メロディーも歌詞もアレンジしたので、気付かない人も多い。
「エンって…、音痴なのな」
 ニヤニヤして茶化すリツロウに、エンは唇を尖らせた。
「じゃ、リッちゃん唄ってよ。リッちゃんの唄なんだから」
「ヤダ」
 短く拒否して、立ち上がる。
「何で?」
「神様が出てきたらメンドーだろ。オレは神に届く声を持つシンガーなんだぜ」
「??」
 歩き出すリツロウを追うようにエンも立ち上がった。
「さ、日食見物も飽きたし。メシ食いに行こうぜ、メシ。オレもう、ハラ減りまくり〜」
 大きく伸びをして階段に向かうリツロウの後に、エンも続く。
 人が神を信じなくとも、愛さなくとも、神は人を愛するのだろうか。自らを犠牲にした『瑠璃王』も 『God's Child』も答えてはくれない。だが、
『何故人間に構うのかって? そりゃ、オモシロイからに決まってる』
 日輪王なら笑ってそう云うだろう。
「神様なんて、ろくでなしだ」
 リツロウの独り言に、エンは後ろから云い足した。
「でも、『愛すべきろくでなし』だよね」
 渋面を作るリツロウを軽い足取りで追いこして、たこ焼き食べたいなんて云っている。
 チラリと振仰いだ太陽は、月の影からその姿を現わして、再び世界を照らし始めていた。


終わり

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