「…、あんた管理人か何か？」
「ハ・ズ・レ」
「じゃ、こんなトコで何してたのさ」
「内緒ぉ〜」
　にこにこ笑いながら、つかみどころのない返事ばかりくり返されると、さすがにムッとくる。
　不機嫌に押し黙って、口をきかなくなってしまったキララにはお構いなく、エンは手にした欠片で器用にお手玉を始めた。
　初めは二つ。それが、三つ四つとどんどん増えてゆく。ゴツゴツしたコンクリのカケラなのに、エンの手が柔らかく受けて放るのをくり返すと、それらはきれいなカーヴで宙に踊った。
　エンが空に描く幾何学模様は、様々に形を変え、不思議なリズムで終わりのない唄のようだ。
　どれくらい見つめていたのだろう。そんなに時間は経っていなかった筈だけれど、意識の空白が時間を忘れさせた。
　キララを現実に引き戻したのは、乾いた電子音のメロディー。
　エンは不思議そうな顔をして手を止める。
　古い歌を自分流に唄ってしまう一風変わった歌手の曲で、着メロにはまだ珍しい曲だった。流行ってはいるのだが、残念なことに歌手のビジュアル面が災いして人気は今一つ。キララもミーハーな美形好きではあったが、声が気に入ったのでいち早く入手したのだった。
　反射的にポケットから携帯端末を引っ張り出したのだけれど。ちらりと見ただけで、すぐに電源を切ってしまう。
「へぇ。キララ『God's Child』なんだ」
　エンの言葉に、きららは真っ赤になって端末を隠した。
「い、今の、見た?!」
　一瞬だったのに。
「見えたんだよ。見たことある画面だったからすぐわかっちゃった」
　エンは覗いたことを、悪びれもせず認める。
「…もしかして、あんたも…？」
　大人の『God's Child』なんて会ったことがない。警戒するように、少し身体を引いたキララに。
「まさか。僕は前世の記憶なんてナイよ。ただ、面白そうだなぁって思ったから、時々アクセスしてただけ」
　エンはあっさり否定して、でも少し真剣な眼差しを向けた。
「キララは、あるの？　『God's Child』の記憶」
　キララは微妙に視線を逸らす。
「…、あるよ」
「どんな？」
「…。夢、見た。約束の場所に立ってる…。でも、一回だけ…だけど」
　声もしりすぼみだ。
　新世紀になって久しい現在も前世紀の負の遺産に縛られて、明るい未来を夢見ることができないキララのような子供は多い。
　彼らは、変わった夢を見たり、不思議な既視感を感じたりすると、自分は『God's Child』なのだと思い込む。けれど、期待したような変化は何もなくて、周りの情報とのギャップに孤立していくのだ。
　だから自殺っていうのは少々短絡過ぎるが、キララが本気であったかどうかも今となっては怪しかった。幼い彼らは内に秘められた情熱の分だけ、移り気で危うい感情のまま、ジェットコースターのように日々を駆け抜けてしまう。
　エンは暴走する若者たちを沢山知っていた。
「『God's Child』が、どんな人たちで何をしたのか知らないんだろ？　最も、ホントの彼らを知ったら『God's Child』を名乗る気もなくなるかもね」
「…何で？」
　キララから一旦視線を外すと、エンは不意に立ち上がった。
「『God's Child』っていうのは、神と人の間に生まれた禁忌の子供なんだって。特別な能力を持ってはいたけど、結局その力のせいで一つの文明を滅ぼしてる。必ずしも救世主なんかじゃないワケ」
「何…云ってンの？」
　訝しがるキララに、小さく畳まれた一枚の紙を渡す。
　受け取って広げた紙の上部には、見慣れた『God's Child』のロゴと、朱文字のタイトルがプリントされていた。