閉鎖され、廃虚と化した校舎の屋上。
　街の喧噪は遠く、見えるのは空ばかりだ。
　日常とは切り離された空の碧。
　真っ昼間だと云うのに、
　ここは、耳鳴りがするほど静かだった…。

　例えば、ほんの小さな気持ちの行き違いで、誰かに傷つけられたとか。
　例えば、衝動的に放った言葉で、誰かを傷つけてしまったとか。
　どんな言葉を並べても、理由なんて他人には分かってもらえない。
　不幸じゃないよ。どっちかと云えば幸せなほうだと思う。
　だけど時々、全てがかったるくて。
　死んじゃいたくなるのを止められない。

　太陽が、ギラギラと輝いている。


「あれ？　もしかして、飛降り志願者？」
　突然背後からかけられた明るい声に、その『志願者』は心底驚いたのだろう。びくっと飛び上がった拍子に、バランスを崩してしまった。
「〜っっ?!」
　どすん、と尻餅をついたのは幸運にも屋上のコンクリート側。落差はほんの数十�B程。まだ若くて身体が小さいおかげで、怪我はない様子だったけれど、
「〜っ！〜っ！」
　心臓バクバクで声も出ない。
「死ぬかと思った？」
　『志願者』に代わって、背中を押したも同然の男が気持ちを代弁してやる。
「なっ…、何…」
「ここじゃ、死ねないよ」
　あっけらかんとそう云われて。『志願者』は男を一瞬睨んだもののすぐに力なく座り込んでしまった。
　流行りの服に流行りのヘアスタイル、大きめの耳にはピアスが並んでいる。ミーハーな格好で背伸びしてはいるが、黒目がちな瞳に幼さの残るまだ子供だった。男は小さくため息をつく。
「…。飲む？」
　差し出されたのはミネラルウォーターのペットボトル。『志願者』は無言でそれを受け取ると、乱暴な仕草で煽った。
　ちゃぷん、と。ペットボトルの中で小さな水音がする。
　思ったよりひんやりとした喉越しが、ざらついた気持ちを諌めてくれた。『志願者』は長く息を吐くと、抱えた膝に顔を埋める。
「…、あんた、誰？」
　同じように並んで腰を下ろす男に、くぐもった声で問う。
「僕はエン。君は？」
「…キララ」
「ふうん。いくつ？」
「…15」
「へぇ。僕の半分も生きてないんだぁ」
「は?!」
　がばっと伏せていた顔を上げたキララに、エンと名乗った男は「僕童顔なんだ」と笑った。
　少し長めの柔らかそうな茶髪は多分天然だろう。整髪された様子もなくさらさらと同じく茶色がかった瞳に影を落としている。Tシャツにフード付きのパーカーを羽織り、下はコットンのハーフパンツ。そして素足にスニーカー。そんなラフなスタイルが無理なく似合っていた。
　これで30過ぎてるなんて、童顔にもホドがあるって。
　思わずまじまじと見つめてしまったキララは、覗き込むように見つめ返されてあわてて目を逸らした。
「人がいるなんて思わなかった」
　決まりが悪くて口調がぶっきらぼうになる。
「それはこっちの台詞。ここは閉鎖されてて、もう一年も立ち入り禁止なんだから」
　エンは荒れ果てた屋上に転がるコンクリートの欠片を弄びながら云った。