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月光通信
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| 「いいかい？ みるく。何か悲しいことや辛いことがあっても、めったなことを口に出してはいけないよ。言葉には言霊と云って、それを叶えようとする力が宿っているんだから」 「だけどね、みるく。夢や希望は多く語りなさい。多く語り、強く願えばいつかきっと叶うから」 「時には人に言えない願いや想いが、胸にあふれることもあるだろう。そんな時は、忘れたふりをして心の奥に仕舞わないで、月に祈るといい。そういう想いは心に積もってお前の気を歪めるからね」 「月光に想いを放てば、夜空のクジラが月天王に届けてくれる。月天王は全ての想いを受け止めて浄化してくれる神なんだよ…」 前世紀の生き残りの人々は、俗に世紀末世代といわれ、総じて夢見がちで楽天家であると云う。そんな彼らに育てられた新世紀の子供達は、夢と科学の微妙なバランスの上に技術を進歩させてきた。そのため、月旅行さえ可能になった新世紀のこの世界でも、月の光が照らし出す夜の地球には月天王の霊気が満ち、不可思議な出来事が起こると云われ、夜空のクジラは月光の加護のもと、人々の心を解き放つために天空を泳ぐのだと信じられている。 誰かが…、泣いてる…。 真夜中、 誰かのすすり泣く声でみるくは目を覚ました。 目覚めと同時に、泣いているのが自分だと気付く。目を開けたはずなのに、見えるのは暗い闇ばかりで、本当に目覚めたのかまだ夢の中にいるのかはっきりしない。 「夢…？」 とても悲しい夢を見ていた。何かすごく大切なものを失ってしまう、夢。 夢の記憶はすでに失われ、何を無くしたのか、どうして無くしたのかは分からない。 瞬きとともに溢れた涙の最後の雫を手の甲で拭うと、闇の中にいつもの部屋が見えてくる。夜の闇に染まったその部屋は、よそよそしい沈黙でみるくを見つめていた。 色の抜け落ちたモノトーンの世界。 耳鳴りがする程の静寂。 もう一度眠ってしまいたかったけれど、訳の分からない、ただ悲しいという夢のカケラだけを胸に残して目覚めてしまったみるくは、何故か目が冴えてすぐには眠れそうにない。 夢にまでみるような悲しい出来事が、最近あっただろうか。思い浮かばない。 生まれてきて良かったと思うほどの幸福感はないけれど、小さな幸せと小さな不幸せをちりばめた、何の変哲もない平凡な毎日に不満はないはずだった。そう云えば、最近は思いきり泣くこともなかったけれど。 さっきどんな夢を見ていたのか思い出そうと、記憶の底に沈んでゆく夢の糸口を探っていると、昔、祖母がみるくに云った言葉を思い出した。世紀末世代の祖母は夢見がちな少女のような人で、気が小さくて思っていることを口に出せずに、ストレスを溜めては熱を出していた幼いみるくに、くり返し『夜空のクジラ』の話しをしてくれた。彼女はもうこの世にいないし、みるくもそんな夢物語にすがらない程度には大人になったけれど、伝説は胸の中に残っている。 「クジラ…か…」 ふいに、本棚に置いた電話のライトが点滅し、控えめな呼び出し音が鳴り出した。ヴォリュームを絞った電子音よりも、闇を激しく照らすライトの点滅に驚いて、みるくは受話器に手をのばす。 「…もしもし…」 『もしもし、みるく？』 聞こえてきたのは耳に心地よいバリトン。知らない声だと思うのに、何故か懐かしい響きがした。 『もしかして、起こしてしまったのかな』 その声は、ひどく優しかった。優しく微笑みながら話している姿が浮かんでくるようだ。その姿が、みるくの記憶の中で見知った人の面ざしと重なる。 |