epilogue「天使の詩」

　例えば天使が、時計台の塔の上に立っていても、貴方には見る事は出来ない。
　図書館で、貴方の肩ごしに古い歴史書を覗き込んでも、貴方が振り向く事はない。
　交差点で、貴方の行く手を遮っても、貴方は気付かずに通り過ぎてしまう。

　貴方の誕生を祝福した天使は、いつも貴方を見ているのに。
　微笑む貴方を抱きしめて、愛していると囁いても、
　泪する貴方の頬をそっと撫で、泣かないでと囁いても、
　その声は届かず、貴方は貴方の天使を知らないまま。

　この声が貴方に届いたなら
　この指で貴方に触れることが出来たなら
　貴方を悲しませる全てのものから、貴方を護ることが出来るのに。

　そうして天使は夢を見る。
　天翔る純白の翼のかわりに
　貴方を抱きしめる二本の腕をもって
　貴方の在る地上へ舞い降りる「夢」。

　けれど。
　地上へ降りた天使は、その能力の大半を失ってしまう。
　触れること、話すことが出来るかわりに、
　愛する人から愛されることは決してなく、その人を護ることも容易ではなくなる。
　許されるのは、側に在ること。見つめ続けること。
　そして、愛し続けること。

　天使は今日も天を翔け、愛する生命たちを祝福する。
　翼を捨てる決心はつかないまま。
　天空の鐘が鳴れば、生命を迎えにつかの間だけ地上へ向かう。


　緑の公園に降り立って小さな旋風を起こしても、気付く者はいない。ただ一人、地上の天使を除いて。
　地上の天使は、まっすぐに「正装の天使」を見つめている。視線は優しい。
　どんな姿をしていようと、どんなに能力を封印されようと、天使は天使。その本質は変わらない。
　言葉を交わすこともなく、二人の天使はそれぞれの道を歩き出すけれど。

　わかってる。道は違っても、私達はこれでいいのだ。

　木漏れ日が優しく降り注ぐカフェの露台。その人は、穏やかな笑顔で待っていた。
「あぁ、やっと来て呉れた。ずっと逢いたかったのに、なかなか逢えないものだから…」
「でも、信じていて呉れたのでしょう？」
「勿論」
「迎えに来ましたよ。楽しかったですか？」
「話したい事が沢山あって困るくらいにね…」
　天使が差し伸べた手に、その人はそっと手を重ねた。
「嬉しい…、貴方を抱きしめることが出来る…」

　天使は、やっと触れられた愛しい人を抱いて、
　その純白の翼を広げ、天空へと羽ばたいてゆく。

◆　◆　◆　◆　◆　おまけ　◆　◆　◆　◆　◆

「天使？　何見てるんだ？」
　立ち止まって良く晴れた空を見上げている天使に、良平は声を掛けた。
「…何でもない。それよりさっきのパン代、払うてや」
「何ぃ?!　お前って…、お前ってそーゆー奴だったよな〜っ」
「あ、良平ん家のコーヒー飲ましてくれてもええわ。良平ビンボーやから」
「お前に云われたくないゾ」
　カツカツの生活はお互い様だ。でも、それなりに楽しくて、自分を不幸だと思ったことは一度もない。
「良平はコーヒー煎れるんだけは上手やもんなぁ」
「だけって云うな、だけってっ！」
　天使はカラカラと笑って、追い抜きざまに良平の背中を押した。
「ほら！　早く！」

　黄昏の時代を迎える地球には、絶望と希望がせめぎあっている。
　天使達は、希望のカケラ一つ一つを丁寧に磨いて、その輝きに未来を託す。
　例え地球のファイナル・カウントダウンを止めることはできなくても、
　その先の未来へ想いを伝えることはできるから。

おしまい