ハロウィンの夜に

「みるくー！　みるく、カカオちゃんが迎えに来たわよ。ハロウィンの仮装パレードに行くんでしょ？」
　階下でママが呼んでいる。
　けれどみるくは返事もせず、ベッドに深く潜り込んだ。
　さらに呼び続けるママに、カカオが何か云っているのが聞こえる。きっと先に行ってますとか、そんなことを云ってるのだろう。カカオは同じクラスの仲間内でもしっかり者で通っているから、パレードの参加者が一人くらい減ってもちゃんとフォローしてくれるはずだ。
　カカオを見送るママの声。玄関の扉が閉まるくぐもった響き。階段を上がってくるスリッパの乾いた音。
「みるく、どうしたの？　カカオちゃん先に行ってもらったわよ。どこか具合悪いの？」
　心配するママに
「行きたくない！」
　と乱暴に云い放ち、身体にきつく羽根布団を巻き付けた。
　頑な態度に、ママは少し様子を見ようと思ったらしい。それ以上何も云わず、みるくの部屋の扉を閉めた。
　とたんに訪れる沈黙。みるくは急に不安になる。
　だって！　だって、だって！

　カカオが悪いんだ！　先に約束破ったんだから！

　すごくすごくすごく楽しみにしてた。カカオの誕生日会。
　カカオはクラスでも人気者で、一緒にお誕生日を祝えることはとても誇らしかったのに。
　ずっと前から、お誕生日会しようねって約束してたのに。
　1週間前の昨日になって、急にダメになったって。

　パパのトモダチが来るからって、何？
　カカオ、その人の事好きじゃないって、前云ってたよね？
　みるくよりその人と会う方が大事なの？

　だからみるくもカカオとの約束を破った。
　ハロウィンの仮装パレードで、一緒に家々を回ってお菓子をもらおうって
　計画していたけれど。

　今頃、カカオは一人で所在な気にしているだろうか？
　ううん、他のコたちと一緒に楽しく仮装してるに決まってる。

　悲しくて、切なくて、涙があふれた。

　カカオのばかばかばか！
　みるくだって、仮装パレード楽しみにしていたのに！
　Trick or Treat! って声を揃える練習もしてたのに！
　何もかも台無しだ！

　自分の気持ちを持て余して涙が止まらない。
　みるくは枕に顔を押し付けて、声を殺して泣き続けた。




　どれくらい経っただろう？

　コツ　コツ　コツ　…

　泣き疲れて眠っていたみるくは、ふと、目を覚ました。
　何の、音…？
　辺りを見回すと、部屋には既に夜の帳が降りていて、カーテンを引いていない窓から外の闇がトロリと流れ込んでいる。

　コツ　コツ　コツ　…

　音は、窓から聞こえていた。
　誰かが、窓を叩いている。
「誰？」
　みるくはベッドを降りて、星一つ見えない真っ黒な闇の向こうへ窓を開いた。すると、

　にゅ、

　濃密な闇のトンネルから、オレンジ色の頭が出てきた。続いて、その大きな頭には不釣り合いなほど細い手足のタキシード姿も現れる。夜風に翻る闇のマント。
　窓からするりと部屋に入り込んだのは、三角目をしたパンプキンヘッドだった。
「迎えに来たよ、みるく」
　そう云って優雅に会釈する。
「さぁさ、ぐずぐずしないでパレードに行こうぜ」
「まぁだそんな格好してるのかい？」
「遅れちゃうよ！」
　パンプキンヘッドだけじゃない。カタカタと骨を鳴らしながら闇に浮かぶ白い骸骨も、とんがり帽子にホウキを持った鷲鼻の魔女も、布を被っただけの小さな幽霊くんまでもが、ゾロゾロと窓から入って来たのだ。
「みんな…、どうして…？」
　みるくが驚いて聞くと、パンプキンヘッドは、
「みるくがいなくちゃ楽しくないから迎えに来たんだよ」
　そう云って優しくみるくの頬に触れ、涙の跡を拭った。
「そうそう。僕らだけじゃお菓子ももらえやしない。全体、何を怒ってんの？」
「お、怒ってなんか…」
「いーや、怒ってるね。あたしには分かるよ。この魔女様にはね。みるくは、友達が思い通りにならないから怒ってるんだ」
「そ、そんなんじゃ…！」
「そうかい？　でも大抵の怒りってのは、それだと思うけどね」
「大抵の事は思い通りにゃならないもんサ」
　カタカタカタと骸骨が笑う。
「ねぇねぇ、じゃぁどうすればみるくは一緒に来てくれるの？　そのコを思い通りにしちゃえばいいの？　困らせて、泣かせちゃえばいいの？」
　小さな幽霊くんは、小さいくせに恐いことを云う。
「だから、そんなんじゃないってば！」
「じゃぁ何なの？　どうなればいいの？」
　そう聞かれると、答えに詰まる。
　みるくは、自分が何に腹を立て、どうすればそれが治まるのかなんて、考えたことがなかったから。
「どうって…」
　別に、本気で困らせたかったわけじゃない。
　ただ、一番の友達だと思っていたのに簡単に約束を違えられて、自分がどれだけ傷付いたか知って欲しかった。相手にも同じ事をすれば、気付いてくれるんじゃないかと、そう思って。

　今頃、カカオは一人で。
　所在な気に立ち尽くしているかも知れない…。
　今のみるくのように。

　意地悪したいわけじゃない。傷つけたいわけじゃない。そんな風に取られたらイヤだ。
「行かなくちゃ！」
　みるくは弾かれたようにきびすを返すとクローゼットに飛びついた。中には仮装用の服がしまってある。カカオと一緒に選んだ服が。
「そうこなくっちゃ！　これでお菓子にありつけるってモンよ！」
「あんたはホント喰意地が張ってるね。骨のくせに」
「わーい！　みるくと遊べる〜」
　後ろではそれぞれが勝手に盛り上がっているが、みるくは着替えに忙しくてそれどころじゃない。
　カカオはどうして誕生日会をキャンセルするのか。どんな気持ちで、後から決まったパパのトモダチとの約束を優先するのか。
「行って、ちゃんと顔を見て、そして理由を聞かなくちゃ」
　みるくが身に纏うのは、細身のタキシードと黒マント。
「さぁ、これで完成だ」
　パンプキンヘッドの声がして、みるくの頭にかぼちゃのマスクが被せられた。
「！」
　ハッとして振り向いた部屋はしんと静まり返り、パンプキンヘッドもカタカタ骸骨も鷲鼻魔女も小さな幽霊くんも…、誰もいなくて。

　開いた窓の向こうには、三日月を抱いた星空がサラサラと輝いていた。



「みるくー！　みるく、カカオちゃんが迎えに来たわよ。ハロウィンの仮装パレードに行くんでしょ？」
　階下でママが呼んでいる。
　みるくは訳が分からなくて二三度瞬きしたのだけれど、
「はーい！　今行くー」
　そう返事をして、部屋を出ようと歩き出した。
　らば、

　ゴッ！

「〜ッ！」
　被っていたパンプキンヘッドがドア枠にぶつかった。
「何コレ、こんなにデカかったっけ？」
　涙目になりながら振り返ったら、窓硝子に映ったオレンジ色のパンプキンヘッドが悪戯っぽくウィンクをしていた。
　玄関を出る時にもドア枠にヘッドをぶつけてしまい、カカオとふたり腹を抱えて大笑い。

　そんなこんなでハロウィンナイト。
　街中に『Trick or Treat !』の声が響き、あちこちでお菓子が飛び交う賑やかな夜。この夜ばかりは子供も夜更かしを許される。
　仮装して騒ぐも良し、友達と秋の夜長を語り明かすもまた一興。
　カカオはもうすぐ新しいママができるのだと告白し、みるくは誕生日会を次の週に開く事を提案した。

ハッピー・ハロウィン！
あなたの上にも悪戯と奇跡を！　

おしまい
『ハロウィンの夜に』2006年10月31日発表作品