prologue「天使の詩」

　「天使を見たことがある」と云ったら、貴方は笑いますか？
　優しい貴方のことだから、馬鹿にしたり無視したりしないにしても、信じては呉れないでしょうね。
　いえ、責めてるんぢゃないんです。
　だって実際、天界で働く彼らを視ることはできないし、生命の節目に現れる彼らを感知できる感覚器官は、ごく限られた時期にしか機能しないようになっているのですから。
　日常の中でエンジェル・リングと純白の翼を有する「正装の天使」を見たことがないのも、至極当然の成りゆきでしょう。
　ただ、見えないから存在もしない、とは云えませんよ。
　貴方だって、感じたことがある筈です。彼らの存在を。
　「正装」ではない彼らなら、見たことさえあるかもしれません。それと気付かないだけで。

　驚きましたか？
　あまり知られてはいないけれど、「天使」は地上にもいるのです。
　「正装」ではないので、大勢の人の中から彼らを区別するのは難しいかもしれませんが。
　でも、何だかちょっと不思議な感じがしたり、あれ？っと思った事がありませんか？
　そんな時はきっと近くに彼らがいたのでしょう。
　本当ですよ。
　貴方は彼らを知らないけれど、彼らは貴方を知っているのです。
　私？
　こんなことを話すくらいですから、私は、勿論見たことがありますよ。
　こうやって日がな一日、カフェの露台で公園を眺めているだけの隠居老人だと思っていたでしょう？
　それも間違いではありませんけれどね。実際、私が地上で為すべきことはもうそれ程残っていませんし。
　実は私、「天使」が分かるんです。何故でしょうね。子供や年寄りには見えやすいとも云いますし、特別なことではないのかもしれません。

　私は待っているんです。私の「天使」が逢いに来て呉れるのを。
　待つのは苦にはなりません。
　必ず逢いに来て呉れると信じていますし、こうやって道往く人を眺めているのは楽しいです。
　時には別の「天使」を見かけることもあるんですよ。

　ほら、今このカフェを出て公園に入って行った、あの人。
　分かりませんか？
　あの人も、…ね。