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 初めて君を意識したのは、春まだ浅い三月の黄昏れを走る電車の中でした。
 仕事帰りの少しくたびれたサラリーマンや買い物帰りの親子に混じって、君は
ひとり、静かに座っていました。デートというより卒業式か謝恩会の帰りのよう
に、君は少しよそ行きの装いで、きちんと膝をそろえ背筋を伸ばして、そして泣
いていたのです。
 それは、とても静かな涙でした。君はこころもち顎を上げ、少し硬い表情をし
て、向いの窓越しに暮れ行く夕空を見つめていました。君が泣いていることに気
付いた人は他にもいたようでした。けれど、君は車内の全てを通り越して窓の外
を流れる景色だけに瞳を向けていました。もしかすると、あの美しい夕焼けすら
君の心には映っていなかったかもしれません。凛とした姿に、泣くまいとしてい
る君の強さを、堪えきれずに溢れ落ちる涙に君の激しさを垣間見たようで、しば
らく視線をそらすことができませんでした。

 三月の黄昏れは、人を感傷的にするのかもしれません。
 好きだった人との別れ、伝えられなかった想い、もらえなかった言葉。
 気の合った仲間と過ごした、何気ない、けれどかけがえのない時間と
 居心地の良い場所、もう戻らない日々への郷愁。
 例え、これから同じ場所に何度立つことがあっても、そこにあったはずの
 自分の『席』はすでになく、いつも一緒に居たはずの仲間の姿も見えない。
 そして、押し寄せてくる新しい毎日への、期待と不安。

 君の涙の理由に思いを巡らせていると、不思議な既視感に胸が苦しくなりまし
た。誰もが持っている、過ぎた日々への、そしてその時間にしか存在しなかった
場所への郷愁。人は誰も、こんな気持ちを心の奥に仕舞って毎日を生きているの
ではないでしょうか。
 だから、君が寂しい時には、きっと分かってあげられると思うのです。

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